2015/05/06

キャメル6重ガーゼブランケット製造している三河産地について


わが社の地元、三河の地は徳川家康発祥の地として有名ですが、繊維やロープ、みかんの産地でもあります。

私自身は生まれは神奈川で、幼少時3年大阪、
それ以降はほとんどは東京で育ったため、三河が地元の人間ではないですが、社員は全員三河出身です。

そんな地元メーカーと協力して作ったのが、キャメル6重ガーゼブランケットでした。

地元では三河木綿という地域ブランドがあります。
西暦799年(平安時代初め頃)桓武天皇の頃の記、「類聚国史」や「日本書紀」によると、崑崙人(インド人と言われている)が愛知県幡豆郡福地村(現在の西尾市)に綿種を持って漂着したとあります。

これが日本の棉の伝来と言われています。
国産木綿がはじめて文献にみえるのは、永正7年(1510年)で興福寺の大乗院に残っている「永正年中記」に年貢180文の分として「三河木綿」をとったと記ししています。

最初に綿業が根を下した土地は三河であり、永正年間(1504年〜1520年)すでに綿織物業がおこり、天文年間(1532年〜1554年)以降、木綿商人は積極的に販路を京都方面に求めたと言われています。

江戸時代には、三河地方で綿の栽培と綿織物が盛んとなり、この地方の織物は「三白木綿」として江戸方面に送られ、さらに西洋の技術を取り入れ、明治時代には「三河木綿」「三河縞」というブランド名で全国に知れわたることになりました。
「質の良い綿織物」として、今日まで受け継がれています。

最盛期には、三河織物工業組合の会員企業数は684社(1975年)でしたが、1998年に203社になり、さらに現在も減り続けています。