2015/06/04

キャメル5本指靴下と作業手袋


戦後は化学合繊繊維が普及し容易に原料が確保できるようになったことと、ガラ紡より格段に生産性が向上した特殊紡績へと転換されていきました。
大正時代に特殊紡績が発祥し、羊毛紡績機のカード機と、綿紡績機械のリング精紡機とを組み合わせ、一部工程を省略して、太番手の混紡綿糸を製造するようになったことが始まりです。

特殊紡績(以下特紡)糸は、甘い撚りとふわっとしたボリューム感が特徴です。素材は反毛業界から供給される再生綿(リサイクル綿)が主体ですが、ポリエステル、アクリル、レーヨンなどの他の素材と混綿して紡績される場合が多く、混綿によって糸の形状が変化してバラエティに富んだ糸を作ることができます。

特紡糸は主に作業手袋で使われ、風合いの優れた手袋ができあがります。
いわゆる「軍手」と言われるものです。

「軍手」は糸屑・紡績屑・裁断屑などを原料にした再生綿を70%以上使用しており、半世紀以上環境保全に役立つリサイクル製品として需要を増やしてきました。
日本でメリヤス(ニット)の製品が普及するのは江戸時代中頃で、鉄砲の操作時に手袋が使われるようになったとされています。

しかし、当時は下級武士による内職仕事で、手編みで生産していたそうで、工業化が進むのは、明治初期に靴下編立機が海外から入ってからでした。
西三河では綿糸の産地であったことに加え、大正時代には毛糸の入手も可能となり、セーターや靴下などニット関連の生産者が増加していきました。

戦後になると、農業・工業・建設の分野で作業手袋に対する需要がさらに増し、昭和40年代には画期的な自動手袋編機が開発され、大量生産が可能となります。
原材料の特紡糸の生産地であることと、自動車産業の成長もあり、西三河地域での生産高、業者数は著しく増加していきました。

しかしながら、1980年頃からは主に中国から大量の輸入手袋が入るようになり、現在は業者数、生産量ともに減少しています。
この軍手産地から生まれたのが5本指靴下なのです。